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雑誌のカタチ
雑誌のカタチ―編集者とデザイナーがつくった夢 雑誌のカタチ―編集者とデザイナーがつくった夢
山崎 浩一 (2006/10)
工作舎
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雑誌を情報を構成したモノ(あるいは場)として、デザイナーと編集者の観点から捉えた本。
紹介されている雑誌も、かつて「宝島のイデオローグ」とまで言われた(陰毛大好きおじさんという意味ではない)山崎浩一がチョイスしてるだけあって、ポパイ、少年マガジン、ぴあ、クイックジャパンなどサブカル色が強い。
ただし、既存の山崎の本のもつ「情報のクラスター爆弾」といえるような、高密度から拡散していく知の曲芸はない。

P27ではマーク・ポスターの『情報様式論』を引用しながら(マクルーハンだとシロウト扱いされるらしい)、情報とパッケージ、どちらに付加価値があるのか問題提起しているが、やはり明快な解答は出せていないようだ。
ちなみに、情報とカネの変換レートで一番古典的なものは、お布施・お賽銭らしい。
地獄の沙汰もカネ次第というが、いくら払えば地獄から逃げられるのだろうか?

本書のブックデザインは何となく「なぜなにキーワード図鑑」「退屈なパラダイス」あたりに似ており、作者の遠回しな回顧録を思わせる。
「なぜキー」の膨大な注釈は、おそらく「なんとなくクリスタル」が元ネタだろうが、いま考えるとハイパーリンクの物理版だったような気がする。

「右翼の少年から激烈な抗議文をもらった。モノ書きとしてとても嬉しかった」などと高い所から見下ろすようなことが言える生ぬるい時代ではないのは解るが、あの頃のテキストも早くウェブにあげてもらいたいものだ。

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ご臨終メディア
ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人 ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人
森 達也、森巣 博 他 (2005/10)
集英社
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メディアのバイアスのかかり具合など、無意識のうちに誘導されているような(しかし、「マスゴミ」という言葉を使っているようなほとんどのネットワーカーには釈迦に説法のような気がするが)メディアの演出などを批判した対談。
内容自体は流行のメディア批判本として読めなくもない。
しかし、問題なのはこの森達也森巣博とかいう二人のスットコドッコイの態度である。

「視聴率が欲しい、抗議が恐い」などと既存のメディアを批判しているが、ではこの二人が、視聴率や抗議をものともしない報道のビジネスモデルを提示してるかというと、そんなものは全くない。
とにかく結果論で無責任な放言を垂れ流しているだけなのだ。
この人達にテレビ番組をつくらせたら「視聴率が欲しい、抗議が恐い」とか言い出すのは明らかだろう。
でもって、視聴者とか社会のほうに責任を転嫁して逃げるのが関の山だ。

この森巣とかいうとっつぁんはオーストラリア在住だそうだ。

「ああ、2ちゃんねるに憎悪の書き込みをしている連中と一緒だ(笑)」

などと、高みに立ったところから偉そうなことをいってるが、
自分も安全なところに逃げて無責任なことをほざいてる点では同じ穴の狢であることには気付いていないようだ。

「日本はダメになっている」
「なら、よくしたらいい(笑)」


とか、「お前はマリーアントワネットか!!」と突っ込みたくなるぞ。
調子のいいことばっか結果論でいってるだけなのだ。
原因を解析して、そこをどう直せばどう変わるか、なんて建設性は皆無である。

さも自分が中立(というか神様のつもりなのかもしれない)のようなつもりらしいがどう見ても左側にバイアスがかかっている。
こういう痛い左巻きをみていたら、まともな感覚の人は「こいつらと一緒のグループには入りたくないな」としみじみと実感するだろう。

社会人経験のないくせに、知識とプライドだけは立派な文系の大学院生ならお勧め。

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