FC2ブログ
処分用感想文
個人的な読書感想文
200706<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>200708
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ウェブは資本主義を超える
ウェブは資本主義を超える 「池田信夫ブログ」集成 ウェブは資本主義を超える 「池田信夫ブログ」集成
池田 信夫 (2007/06/21)
日経BP社
この商品の詳細を見る

最強のツンデレブロガー・池田信夫のブログをまとめたもの。

タダで読めるブログをまとめたものを何故、わざわざ金をだして買うのか。
モニタより本のほうが読みやすいからというのもあるが、やはり内容が気に入っているので、所有(参加)したくなっているというのが大きいだろう。
漫画でも週刊連載を読んでいるのに単行本は買うし、音楽でもシングルは持ってるのにアルバムまで買ってしまう。
人は信頼や興味や好奇心にカネを払うのである。
おそらく、本屋でたまたま買ったという人は少なく、ブログのほうも読んでいるが単行本も買ったという人がほとんどだろう。


山形浩生との生産性論争などの「ケンカネタ」は削除されている。
2ちゃんねるでは、どんな書き込みであれ信頼性がないため、本人への中傷にはなっても世間一般における名誉毀損にはならない。
むしろ、自分のブログで大人気ないことをやったほうが、評判を下げるということに気付いたようだ。

また従軍慰安婦問題も、ネットから既存のマスコミを検証するという構図をはっきりと打ち出したものになっており、あのヘイトスピーチそのまんま(にしか見えなかった)のコメント欄は提示されておらず、納得のいくものになっている。

2ちゃんねるに関する認識はブログではかなり頓珍漢なものだけだったが、コメントなど指摘をもとに修正を重ねたため、まっとうなものになっている。
つまり、コメントが校正になっているのだ。
集合知、CGMの応用例といえるだろう。

やはりブログは即時性がある上、コメント欄やトラックバック等のインタラクティビティを持っているため、感情的になりやすい。
ブログの単行本化はそういった感情論を排除し、普遍的な価値を高めるという意味があるのだろう。
ブログはフロー、単行本はストックという言い方も出来るかもしれない。


元のブログが横書きのため、そのまま横書きにされている。
せっかく格調高い文体(絵文字やAAなども一切ない)なので、むしろ縦書きのほうがよかったのではないかと思うが、編集が面倒になるのだろうか。
日本語は、基本的に縦書きのほうが読みやすい。
内容も硬めなので、むしろ図版を多くしたほうがよかったのではないかと感じた。


今、ネット関係の本がたくさん出版されているが、この「ウェブは資本主義を超える」とひろゆきの「2ちゃんねるは何故潰れないか」の2冊を読めば、他は特に読まなくてもよい。

作者が読者として想定しているのは「若手の官僚」だそうである。
ようするに学者がエリート向けに発信しているものだ。

他方、ひろゆきは、常に最も数が多い層とのマッチングを考えている。
大衆からの支持を常に考えている。ただし、この姿勢はインターネットの課金システムが今のところ極端に広く薄いものからしかない上、ひろゆきの「何もしなくてもお金が入ってくるようにしたい」というグータラな性格からきたものだろう。

エリートと大衆、この二つで現状はほぼ全てカバーできる。



スポンサーサイト

テーマ:**おすすめbook!!** - ジャンル:本・雑誌

「へんな会社」のつくり方
「へんな会社」のつくり方 (NT2X) 「へんな会社」のつくり方 (NT2X)
近藤 淳也 (2006/02/13)
翔泳社
この商品の詳細を見る

はてな社長の近藤淳也による、はてなという会社の解説書。

・立ったまま朝礼
・机を固定しないで毎回座席を替える
・開発度50%でリリース


など、犬の成長なみのペースで進むインターネットのスピードに合わせた社風が面白い。
ここでも「考える」より「思う」という、ある意味“浅い”ブレーンストーミングの後、実際に出してみて修正を繰り返して使えるモノにする、というスタイルのようだ。
これは自由度をあげ、一見馬鹿げているようでも大化けするような可能性を持った企画を通りやすくするために必要なものなんだろう。

近藤社長によると、インターネット自転車に似ているそうだ
自分にあった距離とスピードで走り、自分の安全は自分で守る。
やはりIT関係がスポーツを推奨しているのは説得力がある。
モニタの前だけに座っていると、その世界に閉じこもって、ロクな発想が出てこないものである。

また会社の会議をMP3にしてネットにあげるなど、ユーザーとの距離を徹底して近くし、透明度を上げようとしている点も興味深い。
この点は任天堂や政府広報チャンネルに近いものがある。
ここで思い出されるのは、世耕弘成がタイゾー議員に行ったアドバイスだ。
『いいですか、絶対に嘘は言わないで下さい。
 知らないことは知らない、言えないことは言えないと答えて下さい。』
ネットの特性が匿名ではなく、中抜きであることを肌で知っているらしい。
ユーザーとの距離を短くすることにより、フィードバックのスピードを上げているのだろう。
これははてなの規模がそれほど大きくないから出来ることであって、会社の規模が大きくなっていくと様々な弊害が出てくるのでないかと思われる。
おそらく、はてなは近藤社長のワンマンゆえのはてなであり、それを乗り越えるのは難しいだろう。
近藤社長は「ものをつくっている」といっていたが、私の印象ではデータを作っているところであり、サービスを売っているところである。
そこは原則無料のネットの世界であり、急落することはなくても、無限の成長性を持つことはないのではないかという気がする。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?
2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? 2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?
西村 博之 (2007/06/29)
扶桑社
この商品の詳細を見る
2ちゃんねるの社会的機能について、天皇ひろゆきが直々に語った本。

2ちゃんねるが潰れないのは、潰した時のデメリットのほうが大きいからだそうだ。
(なんか北朝鮮が潰れて難民が大量発生したら困る、という話に似てるな)
今の2ちゃんねるは、何だかんだいって警察(=御上)の意見を聞いてIPログをとり、提出している。協力的なのだ。
日本の法が及ばない外国の人が非協力的な態度をとるよりマシということらしい。

また2ちゃんねるのサーバはアメリカにあり、アメリカのサービスであるので、ひろゆきがいなくなっても続けれるという。
アメリカ人(というか日本以外の国の人)が運営すれば、犯罪予告もやりほうだいだそうだ。

以上のようなひろゆきの説明を読んでいて思ったのだが、もしアメリカから2ちゃんねるを潰せという外圧がかかってきたら、どうなるのだろう。
例えば、2ちゃんねるにアメリカの要人の住所が晒され、それが元でテロリストが攻撃するとかいう事態があったらアメリカもただでは済まさないはずだ。
他の国にサーバを移すということも圧力をかけてくるのではないだろうか。
(突飛すぎる? でも、軍板で傭兵もみてるとかいう話を聞いたことあるけど----嘘だと思うけどww)

また「堀江がなぜ逮捕されたかわからない」と何度か口にしているのも、気がかりだ。
ひろゆきの話は合理的すぎる理屈ばかりで、微妙な政治的バランスの計算については読みきれているのかどうか疑わしいものがある。
(そういう風にみせてるだけなのかもしれないが)
スケープゴートにならない保障は全くない。
『勝負する気がないから負けませんよ』というレトリックは面白いが、似たような態度をとっていたウォーホールは射殺されかけ、レノンも路上に倒れた。

裁判の賠償金を払わないことについてのひろゆきの言い分は「法が状況に追いついていないからこうならざるを得ない」というものらしい。
著作権法が現状に追いついてないからwinny作ったっていう金子さんと同じロジックのようだ。
そもそも2ちゃんねるへの書き込みは、信頼性がないため、個人への中傷はあっても、世間一般への名誉毀損にはならないはずだ。
ある程度信頼性がある(と皆が信じ込んでる)週刊誌や新聞の記事で名誉が毀損されているのとは違うのである。
ほとんどの人は、この2ちゃんねるの特性を知らないで訴えているのではないか。


「はてな」のプログラムもあまり大した技術力ではないもので書かれているそうだ。(P40)。
パックマンはアルゴリズムは優秀だが、プログラム自体はスパゲティ状態という話を思い出す。
プログラムも力技で何とかなるということか。

佐々木俊尚さんとの対談も興味深い。
「西村さんのいうことは身も蓋もなさすぎてついていけない」という感想だが、私に言わせれば、佐々木さんの本は余計な修辞や装飾が多すぎてついていけない。
私も「web2.0」というバズワードの使われ方には虫唾が走る思いだったが、あそこまでしつこく絡むとは思わなかった。
どうせ絡むなら、佐々木さんみたいな誠実な人じゃなくて、梅田望夫みたいな夢遊病患者に顔面パンチ叩き込むような展開にしてくれたほうが私は嬉しい。

佐々木さんは2ちゃんねるという“民主主義”がサイバーカスケードを経て“衆愚政治”に堕ちることを懸念しているのだが、ひろゆきのほうはそもそも集合知は同時に集合愚、民主主義が衆愚に堕ちても、それは皆が選んだものだからしょうがないんじゃないんですか、とつらっと応えている。
自分にコントロール出来ない衆愚の結末の責任を背負わされるリスクは考えてないらしい。
ひろゆきはあまり戦中・戦前のことを知らないようだ。
わたしは「勝つ見込みのない戦争始めてどーすんの」といいつつ時代に逆らえなかったあのお方のことを思い出して涙が溢れてきた。(ウソ)

嘘を嘘と見抜けない人にお薦め。
[2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?]の続きを読む

テーマ:紹介したい本 - ジャンル:本・雑誌

打ち止め
実家から持ってきた主要な本はだいたい全部再評価してみた。
あとはもっぱら漫画(しかも、ここで紹介した本とは壮絶な違和感のあるやつばかり(笑))なので、ここで書くこともない。
とりあえず、今までに読んできたもの(の一部)の再点検は終わったので、これをいかに応用していくかということだろう。

これ以降はリアルタイムに読み終わった本か、実家で読み直した本かになると思いまする。
ゲームの大学
なんとアマゾンで検索しても出てこない。
絶版になっているのか。

本物のアナリスト様(普通の人はゲームアナリストと呼んでいるが)平林久和さんとゲームの学者・赤尾晃一先生によるゲーム業界解説書。
確か4,5年前の年賀状に「今年は書く年」と平林さんが書いていたそうだが、最近さっぱり露出もなければブログも更新されていない。
どうなっているのだろうか。

まだゲームを産業やサブカルチャーの文脈で語ることが少なかった時代に、この本を読んだインパクトは忘れがたいものがある。
2800円が安く感じられたものだ。

プレイステーション、セガサターン、ニンテンドウ64の立ち上げ時に出された本なので、その当時の状況についての記述が多いが、本書の持つパラダイムは娯楽全般、文化全般から眺望したもので、スケールは非常に広い。
一般的な教養も身についた。
この本を読むまで、流通が商品の性格にまで作用するなんて全然知らなかった。

いちいち挙げていったらキリがないが、この本からインスパイアされたゲームも多いだろう。
特にゲームの未来学-ソフト篇」(P237)に挙げられた数々の問題点を全て潰して完成させたのが小島監督のメタルギアソリッドではないかと思われる。
あの、エレベーターに乗り込む時に一瞬主観画面になるのは「どうだ! これがゲームと映画の融合したタイミングだ」という製作者の顔がみえたものだ。

10年前というと、だいたい時代のサイクルで一昔、コンピュータの世界では二つ半くらい昔の話だ。
「1ギガのハードディスクが買えるようになったのはすごい」とか、今読むとかなり牧歌的な話も出ている。
コンピュータの世界で数字を出して話をするのは、週刊誌ぐらいまでなら許されても、単行本ではダメなんだろう。

偏ったサブカルでもなく、ドロドロの業界裏話でもない。
話の内容自体はさすがに古過ぎるものの、(任天堂関係のインタビューは時空を超えた説得力があるので古くなっていないが。書き込めるドラクエの話もあるし)トータルな教養書としては非常に価値がある本。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

退屈なパラダイス
退屈なパラダイス 退屈なパラダイス
山崎 浩一 (1988/12)
筑摩書房
この商品の詳細を見る

白田秀彰さんがロージナ茶房でお茶会をやっていると聞いて思い出した。
1988年の冬、国立の東西書店で山崎浩一の「退屈なパラダイス」を買った私は、アパートまで帰る時間が惜しくて、ロジーナ茶房でアイスレモンティーを飲みながら、この本をむさぼるように読んだのである。
確か『なんだ、書き下ろしパラノブックとか言ってたのに書き下ろしじゃないじゃん』というのが最初の印象。

思えば、生身の一個人が情報を処理することにおいて、八分目から満杯になりかけたのは、この本の出た80年代後半ぐらいまでだったのではないだろうか。
今現在のインターネット環境以降の世界を生きている人間は、よっぽど強い自我を持っていないとあらぬ方向に行きかねない。
例えば、2ちゃんねるやるだけでも、検索能力やノイズ処理能力が問われる。
そこから得た知識のウラを取ろうと、信頼性のあるサイトや人や本に確認をとろうとすると、また結構なコストがかかってしまうものだ。
(もっとも、それが一番楽しいともいえるんだけどな)

この本は「なぜなにキーワード図鑑」以降の山崎浩一のエッセイをまとめ、冒頭のインデックス漫画で編纂しなおしたもの。
この図版に意味を持たせる手法の元ネタはビートルズだろう。

都市、刺激/退屈、消費などという章名から伺えるように、あらゆるトレンドに乗っかかり、あっという間にしゃぶりつくしてきた超ミーハーな作者の軌跡と、そこから記号を引き出して文章に再構築していく手腕は今みても大したものだ。
しかし、この頃のカルチャーは、サイバーパンクとか東京改造とか油っこいネタが多い。
あの当時はサブカルチャーもバブルだったのだ。

ちなみに「リズムマシーンのSMゴッコ」(P79)と呼ばれる音楽は、私の場合、今でも聴いている。
薦められるものではないが。

8章「世代」では、冒頭の大島弓子の引用が象徴するように、作者の個人史を乾いた感傷をないまぜながら“窓ごしに”描写している。
(山崎はナルシスト発言が多いのでつっこみそうになるが)
今、週刊アスキーで毎週のように親バカやってるのと比べると、隔世の感がある。

「自分はなんていいかげんなヤツだと、つくづく思う」で始まる後書きや、「ま、何にもしてないヤツには、こんなエラそうなこという資格ないか」でオチをつけたりするレトリックが使われだしているが、山崎の書いてる本を読んで喜んでるようなヤツがその辺につっこまずにいると思っていたのだろうか?


全体の完成度は今みても高いが、当時の空気を知らない人が読んでも意味はないかもしれない。その辺はわからない。
80年代生まれの人が読んだらどう感じるのだろうか?
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。