FC2ブログ
処分用感想文
個人的な読書感想文
200901<<12345678910111213141516171819202122232425262728>>200903
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
実存主義とは何か
実存主義とは何か実存主義とは何か
(1996/02)
J‐P・サルトル

商品詳細を見る

実存主義についてJ・P・サルトルが解説した本。

実存主義者(エグジスタンシャリスト)とは、1945年、終戦直後のフランスで、黒ずくめの格好で定住所を持たず、サンジェルマン・デ・プレでバーとキャバレーで遊びまくってる無為徒食をしている若者を指していたという。
日本だと、昭和30年代のフーテンみたいなもんだろうか?

仕事帰りの朦朧とした状態で読んだりしていたので、どの程度理解しているのかわからないが、結論として、自分にとって実存主義的な考え方は合わないというのが率直な感想。

なぜなら「オレはオレなんだぜ。それ以外の何者でもない」と無頼漢みたいなことを気取っているヤツをみると、「それは単なる同語反復で何も考えていないのと同じだろ」と即答してしまうのが自分のスタイルだからだ。

口先でごまかしているだけの認識には、本質が欠落しており、後で齟齬が生じることは目に見えている。
実存主義は、最初に実存があって、後で本質がついてくる、という点で、こういう本質を誤魔化しているような印象がするので、私には余りしっくりこない。

「哲学的に言うと、いかなる物にも、本質と実存がある。
本質とはつまり、特性の恒久的総体である。
実存とは、現に世界の存在するということである」(P140)


この話から考えると、PCは実存主義的な存在である。
こういうものがあるから、何か使ってみようというものだ。
まずモノがあって、それから目的を考えていくものなのである。
マッキントッシュは最初から絵を描くとか音楽を作るとか目的があって造られたものなので、実存主義的なものではない。

「人間はまず存在するのであり、そうして後はじめてあれかこれかである、ということに他ならない。
一言でいえば、人間は自分自身の本質を自分で作りださねばならない。
世界の中に身を投じ、世界の中で苦しみ、戦いながら、人間は少しづつ自分を定義するのである。
そして定義は、常に開かれたものといして留まる。
この一個の人間が何者であるかは、彼の死に至る迄はいささかも言えないし、人類の何たるかは、人類の消滅まで言うことができない」(P141)



なんか出来ちゃったカップルが、「赤ちゃんの命を奪うわけにはいかないだろ!」といって結婚しているような話だ。
計画を立ててから行動する、とか、コンセプトを考えてから演出を組み立てる、といった考え方とは真逆の考え方である。
物事に理由や意味を求めがちな人には合わない考え方ではないだろうか。

ただし、本人には適していない職業上の立場を与えることによって、その人が仕事をこなせるようになり、成長したというケースもあるときく。
これなんかは、存在に後から意味や意義がついてきたケースといえる。


サルトルの話はだいたい1940年代の話だ。
戦争の前後で状況が混乱していた時代の話だろう。
なりふりかまっていられなかった時代に、開き直ったような刹那主義として実存主義という考え方が出てきてのかもしれない。
しかし、それは現代社会にはたしてフィットするものなのだろうか。

ただし、嘘と嘘とは断定できないものの2種類しかない世界----いわゆる虚業----で生きている人には、割としっくりくる考え方かもしれない。
例えば、ポルノ女優など。

スポンサーサイト

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。