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飯沢耕太郎・著「写真とフェティシズム」
写真とフェティシズム写真とフェティシズム
(1992/03)
飯沢 耕太郎

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ヌードデッサンなどで人体を注視していると、そのうち生物であるはずのモデルの体が、石膏などで造られた彫塑と変わらない“物質”にみえてくる。
これも一種のゲシュタルト崩壊なのかもしれないが、この話は複数の人から聞いたことがあるので、別に異常な人特有の感性というわけでもないだろう。
僕はこの感覚の芽生えが、フェティシズム(物神への執着)の始まりではないかと思う。

本書の冒頭にも

「開かれたフェティシズム---という言い方はどう考えても奇妙なものに思える」

とある。
実際、<注視する>ということは<ピントを絞る>ということであり、視界を狭めることと同義であって、<開いていく>ということとは正反対である。
しかし、ここでいう<開いていく>とは、その一見偏狭にみえる世界を、言葉で拡張して伝えるということである。
解説書としての本書の意味はここにあるだろう。

戦争における人殺しの心理学」には、戦場における殺人とセックスの類似性について言及がされていた。
この本で紹介されている写真の数々は、視姦という視覚のみによる性体験のログのように思える。
やはり、銃とカメラは同じような欲望を対象に向けているのだろうか。

解説の方法としては

1.時代背景や社会から比較する・1950年代豊かなアメリカ文化の影としてのフェチアート
・社会の暗部として(畸形(フリークス)、死体、病人、異人としての黒人など)存在するものにスポットをあてる。

2.作者と受け手が共有する欲望を解説する
・病人へのオマージュ、死への憧憬、覗きなど

といったところだ。
やはり作品をみることと作者のバイオグラフィーを比べることは、無関係なようで同義であることが多い。

文章表現は多少文学的だが、読みやすく具体性に富んでおり、この手の本にありがちな「エロ写真に熱中している自分を誤魔化すために、無駄に難解な語句を使う」とか「むりやり学問の文脈に持ち込んで権威化し、自分を偉そうにみせる」といった事大主義的なものではない。

司法解剖などに携わったりして、守秘義務を負うことになっている人が本書をみたらどう思うだろうか?
incognitoがフランス語で「匿名で、身分を隠して」という意味だというのは、初めて知った。
インコニートと読むそうだ。

隠されたものを見ようとすることは、基本的に反道徳的、背徳的なことだ。
だからジャーナリストは嫌われることが多い。パパラッチならなおさらだ。
本書はジャーナリズム(権力者の秘密)、スキャンダリズム(有名人の秘密)とは別の文脈と手法(アートやエロ)から「隠されたものを見ようとすること」を解説したものといえる。

天使と怪物は、同一存在の二つの貌である。おぞましく奇怪な怪物の姿には、甘美でエロティックな天使のイメージが、二重映しに隠されている。
一枚の写真に潜むそんな両義性を味わいつくしてみたい。(後書きより)



単に「悪趣味」で斬られがちな世界を理解するサブテキストとしてお薦め。
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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

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