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情報狂時代
情報狂時代 情報狂時代
山崎 浩一、ひさうち みちお 他 (1994/09)
小学館
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物事を考えるには、その問題がどれくらいの大きさ(重要さ、現実性、時間の逼迫具合など)かを考慮したうえで対処しなければならない。
大局的な事案については理想主義的に大きなスケールで捉えないといけないし、目の前に迫った時間的物理的に余裕のない事案については現実的に小さなスケールで捉えないといけない。

例えば、1000人の村民がいる村の村長が、50人の住人の反対にあう意見があったとしても、その意見は通さなきゃダメだとする。
50人の住人に泣いてもらうのは狭いスケールの現実論で、村全体950人の発展を考えるのが理想論。

その現実論と理想論のバランスを考えないとダメだって話を、吉本隆明と山形浩生がしていた。(言い方はだいぶ違っていたが)

山崎浩一はそれを逆手にとって、話を面白くするには、狭いスケールの話と広いスケールの話を一緒くたにしたほうがよいという話をしていた。
つまり三題噺はそのお題がかけ離れていればいるほど面白くなるということである。

この「情報狂時代」は1990年代前半に週刊ポストで山崎浩一が連載していたコラムをまとめたもので、その“極大スケール三題噺”がいかんなく発揮された本。
宝島のロックネタ、月刊プレイボーイのエロっぽいネタなどに比べると自由度は高かったように見える。
サッカーネタはわけがわからないが・・・。


「民主主義は『ものまね王座決定戦』である」(P26)
フランスのガブリエル・タルドの「社会とは模倣である」を引用しながら、世論や民主主義が非理性的な模倣から生まれるものであることを自覚するよう警鐘を鳴らしている。
これは、2ちゃんねるですら決まった意見以外言いづらく、炎上やブロゴソフィアの評判を恐れ、サイバーカスケードへの対処方法を持たない今も連綿と続いている問題である。

「いよいよ北朝鮮が“ブーム”になってきた」(P114)
最近の話かと思ったら、1993年4月16日号の話である。
北朝鮮の結末に覚悟を促してる文章なのだが、本当に今出ている週刊ポストに載っていてもおかしくはなさそうだ。

留学生射殺事件判決に見るアメリカの“暗黒の中世”(P146)
一橋大学学長・阿部謹也の「アメリカは中世社会である」という話を引用しながら、銃社会について解説している。
ボーリング・フォー・コロンバインやバージニア工科大学のチョ・スンヒのずいぶん前に書かれたものだが、そっちの話をしてるかのようだ。


このように、当時は時事ネタを捉まえて、ホイホイ話してるだけかと思っていたが、教養が半端じゃないので、今読んでも全然古くなっていない。
というかむしろ予言の書のような感じすらする。

ただ、一点だけ違うのはネットネタがないことだけである。
その意味で、山崎が現在週刊アスキーでコラムを書いていることは象徴的であろう。
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